
「意識」が現実を創る鍵 波動とイメージの力
一言で言えば、「意識こそが鍵」であるということ。
『Innner Growth』を通して、私が一貫してお伝えしている核心はそこにあります。
情景や感覚の記憶を思い出すこと、新しく創り出すこと、そしてそのイメージが放つ「波動」が、私たちの目の前の現実を編み上げています。
思い出すこと、イメージすること。
それが、現実という舞台を動かす「スイッチ」に他なりません。
エゴによる思考であろうと、源からの純粋な気持ちであろうと、「いま、ここ」でスイッチを入れれば、その現実が「いま、ここ」から音を立てて展開しはじめます。
なぜならその瞬間に、あなたが発する波動という、目には見えないエネルギーの質感が書き換えられるからです。
つまり、肉体とは意識を入れておくための器に過ぎません。
意識が先であり、現実は後からついてくる影のようなもの。それがこの世界の理(ことわり)なのです。
私たちの脳は、イメージから得られる「体感・波動」と、現実から得られる情報からの「体感・波動」とを、厳密に区別することはできません。
ですから、普段私たちが五感を通して受け取っている情報に対しても、細やかな気を配る必要がありますね。
この世界、この宇宙は、良くも悪くも、問答無用に持ち主の波動を現実化してしまうのです。
「いまを生きる」ということの真意
精神世界の多くの指導者たちは、「いまを生きる」という言葉を強調して伝えています。
私が思うのは、ただ漫然といまを過ごすのではなく、波動が高い状態をキープしつつ、いまを生きることが大切なのではないか、ということです。
「観念」も、「スイッチ」も、「トリガー」も。
言葉として定義すれば、厳密にはそれぞれ異なりますが、エネルギーのレベルで見れば、それらは似たような質感を湛えています。
物事を説明する際の観点や角度が違うだけで、本質的には同じひとつの真理を、異なる言葉で表現しているに過ぎません。
自分自身が、源の意識、「ほんとうの自分」、あるいは本質的自己、神、純粋意識……呼び名は何でも良いのですが、そこに意識を固定することを訓練し、上達させていくこと。
そうして自分の波動、そして念(想い)を高めることができれば、周囲の状況や、関わる人、相手の人柄までもが、少しずつ変換されていきます。
ただし、そこには周囲の人との「相互作用」が存在します。
たとえば、関わった相手に波長を合わせた瞬間に、その人の体験している世界を象徴するような出来事が、一時的にあなたの前にあらわれることがあります。
このメカニズムに気づいていれば、必要な対処をすることができますが、多くの場合、人はわけが分からないまま意図せぬ方向へと流されてしまいます。
瞑想という清らかな習慣
そのような事態に対処するためには、瞑想を通して意識をクリアにする習慣を身につけることが、基本であり、必須であると言えます。
瞑想を習慣化していると、絶え間なく流れる思考の数が静かに減り、洞察力が高まっていきます。
何らかのきっかけで混乱が生じたとしても、周囲の状況や出来事から、「いま、自分はどの次元、どの意識の階層にいるのか」を冷静に判別することが可能になるのです。
また、いまの自分のものではない、外部の集合的な波動を感知する感性も養われていきます。
現世におけるこの肉体は、いつの日か必ず死を迎えます。
今回の人生は、この肉体、この出会いにおいては、たった一度きりのものです。
魂は不滅であるという事実がありますし、現実におけるすべては、夢をみているような「空(くう)」に過ぎません。
とは言っても、物質世界のルールを軽んじて良いわけではありません。
ルールを遵守した上で、それを知っている者として、個人的に「勝手に踊っている」こと。その軽やかさが大切なのです。
覚醒したり、悟りを開いたりしたとしても、「リアリティとは何か?」ということに対する洞察力が深まった上で、結局のところ、人は「ふつう」に生きることになります。
覚醒や悟りというのは、聖者や熱心な信仰者だけの、どこか遠くにある特別なものではないようです。
その状態に至る人は、ただ、至るのです。
自立自助としての創造
自分を救うこと。
自分を大切にすること。
そのためには、どうすれば良いのでしょうか。
現実世界や社会の仕組みを理解し、意識と現実化のメカニズムを知識として得て、それを上手に活用できるようにしていくこと。
これこそが、本当の意味での「自立自助」なのだと、現時点の私は考えております。
水の中で泳ぎたいと願い、水泳の本を読んで、泳ぎ方を知っただけでは、実際に泳ぐことはできません。
それは、私たちが生きるこの現実においても同じです。
水の中では、力を抜くことで身体が浮き上がりますが、私たちの世界もまた、同じ法則で動いています。
どうぞ、知ったことを知識のままにせず、活用して、素晴らしい世界を創造してください。
静かなパワーに導かれて
これまで様々な角度からコラムを執筆してまいりましたが、今回、この記事を通して簡潔に核心をお伝えさせていただきました。
余談になりますが、最近読んだ本のこと。
聖者たちは、瞑想を通して、この世界に波動的に働きかけているようです。
このことについては、デヴィッド・R・ホーキンズ博士の『パワーか、フォースか』という本をお読みになれば、より理解が深まるかと思います。
その本の最初のページには、このように記されています。
熟練した者たちは目立たなく、
また、愚か者のようにさえ見えます。
このことを理解している者たちは、
神の業を知っています。
神の業を知ると、
微妙なパワーを知ることになります。
その名づけようもない微妙なパワーが
万物を動かしているのです。
デヴィッド・R・ホーキンズ著 「パワーか、フォースか」
私はこれまで、自らの経験や、外側と内側への洞察、そして瞑想から得られた「気づき」を、ノートやiPhoneに細かくメモしてきました。
そして、それは今も継続しています。
あとからその内容に正誤判断を下すために、読書やWebでの情報収集を行っているのです。
私が経験や洞察を通して、「……こういうことだろうな」と、なんとなく理解したことを、あとから確実に本などの知識によって補完し、裏付けていく。
そんな流れを、私は何年も続けてきました。
不思議に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、これはよく知られている「引き寄せの法則」や「意識の法則」によるものです。
このことは、単なる「理解」としてだけでなく、実際の体験という歩みの中でこそ、まったく異なる深い側面を私たちに見せてくれるのです。