
非線形領域について
こちらの記事は、私自身の「非線形領域」に関する気づきを、当時の理解で書いたものです。通常、人間が認識する「原因と結果」という線形的な概念は存在しないことを伝えています。「非線形」というのは科学の言葉ですが、ここでの「非線形領域」とはシンプルに「意識の世界」「霊的世界」のことを指します。つまりは物質次元における知覚や認識を超えた領域のことです。
この記事を書く少し前の時期から約4年間、私はすべての人が訓練次第でそういった体感を得ることができるのだと思っていました。その訓練とは瞑想のことです。なぜなら、実は私自身が2014年頃から瞑想を続けていたからです。瞑想をはじめた理由は、もともとは仕事においてリーダーとしてできる限り冷静に的確な判断をするためであり、瞑想をはじめてから洞察力が高まったのは事実です。ですから瞑想が最も重要なのだと思い込んでいました。
ですが、『I〈わたし〉真実と主観性』『パワーか、フォースか』という書籍を何度も読み返したことで、当コラムの内容のいくらかは、ある意識レベルにおいて認識されるようになる主観的感覚であることや、私が意識的に行なっている(ように思える)ことはその意識レベルに付随した行動であること、さらに、多くの人は霊性・スピリチュアリティについて理解せずに一生を終える場合には意識レベルが平均で5ポイント程度しか上昇しないことなどがあらためてわかりました。
私は当コラムで真実を伝えていますが、単純に瞑想の訓練をすれば確実に非線形領域を認識できるというわけではないということです。もしあなたが体感的に理解しながら、当コラムに共感されているとすれば、すでに人生の節目において明け渡し、霊的な変化・飛躍的な成長があったのだと予想されます。つまり最も大切なことは手放すこと・明け渡すことです。瞑想はその前段階であり、明晰さを養う訓練として作用していたのです。このようなことを上記の書籍の再読と、自分自身の過去を振り返ることで今回しっかり理解することができました。そもそもですが、いまこのようなことをやってしまっていること自体がそれ(私もあなたも、いまの意識レベルにおける行動)だということになります。
当コラムを理解される方の多くは、私の個人的体験と『I〈わたし〉真実と主観性』の内容から考えると少なくとも意識レベル500を超えています。高いところに測定されるとすれば意識レベル600付近にいらっしゃると考えられます。その理由は、私自身が「過去生を思い出すことができる」とされている意識レベル600以上の特徴に該当することや、日常的にシンクロニシティによる現実化を体験していること、そしてこの宇宙は意識の法則が働いているからです(過去生を思い出すことは、自分自身が今世で経験していることのいくらかの違和感に対する理解と明け渡しのために役立ちましたが、それ以上のことは特にありません)。
「非線形領域」は、献身的に霊的な努力(瞑想や明け渡しなど)を継続し、理性・知性の領域である意識レベル400台を超えて、愛の領域である500台に入った人が何らかの拍子に認識できるようになります。念のために付け加えますが、これは優劣ではなく「ちがい」であり、選民思想的なことでもありません。たとえるなら、水が温度により固体・液体・気体の三相に変化するようなもので、氷も水も水蒸気もすべて水であることには変わらず、単に状態が異なるだけ、というような意味です。わかりたい人ができる限り正確に知っていただけるようにと思い、このようにお伝えさせていただいております。
※ ダイエットの場合も、結果が出ることが確実とは言えませんが、それでもたくさんの人がコーチやトレーナーを雇って努力しています。ダイエットにはいろいろな方法がありますが、一つだけ言えるのは、実は食べなければ痩せます。私自身も、20キロ以上のダイエットを経験したことがあります。
ダイエットは、そもそも「太っている」という事実を視覚認識によって自覚できますし、その結果は自他ともに視覚認識できますからわかりやすいのですが、「霊性」についてはそうはいきません。ダイエットとちがって、「霊性」「非線形領域」というテーマは当人の主観に依存しますし、その努力の進み具合を管理できるのは当人だけです。なぜかというと、個々それぞれの人生における一瞬一瞬の自我の表出により、思考と嗜好すら変化しているからです。
たとえば、Aさんのaという自我はチョコレートが大好きだと言っていたが、bという自我はチョコレートに反応もしない、ということも起きています。また、自我aと自我bでは、その次元自体が変わっているので、Aさんを認識する他人の思考と嗜好も同時に変更され、家族くらい心的距離が近い人間であったとしても、それに気づくことができないことがあります。これは、もう一段高い視点から言えば、すべて幻想なのですが、その自我への気づきがないとき、人はネガティブな行動・現象を繰り返してしまいます。もちろんですが、その逆のポジティブな行動・現象の繰り返しも然りで、その両方をカルマといいます。良いカルマ・悪いカルマというのは、当人の立ち位置や状況による判断であり、実際にはそれは自動的に起きているだけです。
ダイエットでは、食べなければ痩せると書きましたが、霊性についても同様に、意識の法則の働きやご自身の霊的成長を実感するには、「手放し・明け渡し」を継続することと、前提として「自覚」「気づき」が必要です。「気づき」は、瞑想を習慣にしていると楽になります。また、日記を書くようにすれば、ご自身の変化をじわじわと理解することができます。霊的成長の現世的な利益は、一喜一憂がなくなり、幸福感が持続することと、思考が現実化する速度が上がることです。ただし、あまり高い領域までいくと社会生活への適応が困難になります。
(このようなことに気づける人の中に、なぜか手放しがうまくいかない人もいらっしゃるかもしれません。そういった場合には、魂が今世のテーマとしているカルマがあることを理解して、それを受け入れる姿勢も大切だと思います。)
人間の意識は、歴史を通じて非常にゆっくりと前進してきました。しかし、今後は加速化し、霊性はより一般的なものとして普及するのではないかと思います。ビジネス界でさえも、霊的価値を含むことによって収益が上がることを発見し、それがより健全な最終決算に反映されます。
繁栄とはドルだけで測るものではなく、どれだけ自分が喜びをもって参加できたかにもよります。霊的な価値観は、特定の宗教に属するものではなく、明白なことを単に肯定することにあります。たとえば、わたしたちが従業員を保護するのは、彼らを気にかけているからであり、そうしなければ違反行為となり、労働安全衛生局に罰金を課せられるからではありません。
デヴィッド・R・ホーキンズ 著『I〈わたし〉真実と主観性』
ここで少し、起業家・経営者向けになるかもしれませんが、明け渡すことの利益的な側面についてお伝えします。
ビジネス系自己啓発書の中には、事業や投資での繁栄をもたらす目的で、霊的ワークである「手放し・明け渡し」の必要性を説いているものがあります。たとえば、ロバート・シャインフェルド 著、本田 健 訳の『「ザ・マネーゲーム」から脱出する法 勝てないゲームから自由になるための刺激的な戦略』や『ビジネスゲームから自由になる法 絶対勝てない幻想のゲームからの脱出マニュアル』などの書籍が当てはまります。
このような書籍の内容は、日本人の平均である意識レベル400台の理性・知性による理解ではとても信じ難いことかもしれません。しかし上記引用文は、キネシオロジーテストによる真実度の測定結果が999(上限数値は1000)の書籍『I〈わたし〉真実と主観性』の文章ですので、霊的なことにより繁栄をもたらせることは、理性・知性で理解することはできませんが、真実だということになります。
霊性について学ぶことは、このような意味でも人々に大きな報酬と恩恵をもたらす可能性を秘めています。上記引用文の「霊的価値を含む」とは、たとえば、「愛を基盤として」商品企画や組織作り、サービスなどを行ない、それを社内外両面に対して自然な形で表現することだと思います。そのためには、まず経営者や幹部などのリーダー層の人々が霊性を高める必要があります。
私はさまざまなことを学んだ上で、霊性・スピリチュアリティに深く傾倒していきました。霊性の学びとは、神・真理・愛の学びにあたりますから、これからも伝え続けるのであれば、できるだけ分け隔てなくお伝えする必要があると思うようになりました。それともう一つ、私が心から喜びをもって社会に参加できることは、啓発を目的とした文章の読み書きだと気づきつつあります。と言うよりも本当は、集合意識の働きかけ・高次の意思によって自動的に動かされていることを感じています。
まとまりのない文章になってしまいましたが、要するに、私は私のレベルにおいて道半ばでありますが、同時にこのレベルの情報をお求めになる方もいらっしゃると思いますので、これからも少しずつ当サイトで私の個人的な学びや気づきなどをお伝えさせていただくつもりです。
さいごに、霊的な学習と実践・訓練をこれからも継続される意志のある方にお伝えさせていただきます。
「瞑想」「自我との同一化に気づくこと」「常に周囲を観察し、感じること」「手放し・明け渡し・キャンセル」「意識を向ける物事を変えること」「感謝」「ノンジャッジ」「いまに集中すること」などをできる限り習慣にされると良いと思います。いくらか「浄化法」も取り入れると、なお良いです。
さらに、この道において大切したほうが良いと思う考え方を、再度『I〈わたし〉真実と主観性』から引用させていただきます。
すべての霊的な進化は贈り物です。謙虚に感謝することによって、プライドを排斥することができます。
デヴィッド・R・ホーキンズ 著『I〈わたし〉真実と主観性』
あなたがいつも幸せでありますことを、お祈りしております。