
なぜ人は、「良い人」を演じてしまうのか|愛されたい心とありのままの自分
「愛されたい」
この願いは、人間にとってとても自然なものです。
誰かに受け入れられたい。
必要とされたい。
大切に思われたい。
その気持ち自体に、善悪はありません。
けれど、その願いが少しずつ形を変え、「愛されるためには、こういう人でなければならない」という思い込みへ変わったとき、私たちは本来の自分から少しずつ離れ始めます。
「もっと優しくしよう」
「嫌われないようにしよう」
「期待に応えよう」
そうして生まれるのが、「良い人」であろうとする自分です。
この記事では、「良い人」を否定したいのではありません。
なぜ人は、その役割を演じ始めるのか。
そして、ありのままの自分とは何なのかを、一緒に見つめてみたいと思います。
「良い人」は本当に存在するのか?
私たちは、人の一面を見て「良い人だ」と判断することがあります。
けれど、人にはさまざまな顔があります。
まるで複数のカメラで撮影された映像のように、一人の人間にもさまざまな場面があります。
優しく微笑んでいる姿。
誰かを厳しく叱っている姿。
疲れて無口になっている姿。
大切な人の前で涙を流している姿。
どの場面だけを切り取っても、その人のすべては分かりません。
それにもかかわらず、私たちは一つの場面だけを見て、「良い人」「悪い人」と判断してしまうことがあります。
恋愛でも同じです。
最初は優しい姿に惹かれます。
その後、厳しい一面を見て戸惑います。
さらに別の優しさに触れて、また心が動きます。
そうして少しずつ相手の全体を知っていきます。
もし、それでも「この人と一緒にいたい」と思えるなら、それは一面ではなく、その人全体を受け入れ始めているのかもしれません。
反対に、「いつでも完璧な良い人」であることを求めれば、人間関係はとても苦しくなります。
万人に愛される「良い人」は存在しない
「良い人」とは、とても曖昧な言葉です。
ある人にとっては、正しいことをはっきり言う人が良い人です。
別の人にとっては、空気を読み、周囲に合わせられる人が良い人です。
またある人は、優しく話を聞いてくれる人を良い人だと感じます。
つまり、「良い人」は客観的に存在しているのではなく、それぞれの価値観の中で生まれる評価なのです。
だから、万人に愛される良い人はいません。
誰かに評価されても、別の誰かには評価されないことがあります。
それが人間です。
それなのに、私たちは「すべての人に愛される自分」を目指そうとしてしまいます。
そして、その理想に届かないたびに、自分を責めてしまうのです。
「愛されるための私」を育て始めるとき
子どもの頃、私たちは少しずつ社会を学びます。
「こうすると褒められる」
「こうすると怒られる」
「こうすると愛される」
家庭。
学校。
友人関係。
その中で、人は自然に生きる知恵を身につけていきます。
それ自体は悪いことではありません。
しかし、いつしか「愛されるための振る舞い」が、「自分そのもの」になってしまうことがあります。
本当は疲れているのに笑う。
本当は断りたいのに引き受ける。
本当は悲しいのに、「大丈夫です」と答える。
そうした積み重ねは、自分を守るための知恵だったのかもしれません。
けれど、それが長く続くと、「私は何を感じているのだろう」と、自分の心が見えなくなってしまいます。
心が枯れてしまったと感じたら
もし今、「頑張っているのに満たされない」と感じているなら、一度立ち止まってみてください。
あなたは、誰かに愛されるために生きていませんか。
誰かの期待に応えることばかりを考えていませんか。
心が疲れているときは、「もっと頑張る」ことではなく、「自分が本当に好きなもの」に意識を向ける時間が必要です。
好きな音楽を聴く。
自然の中を歩く。
本を読む。
大切な人と穏やかな時間を過ごす。
そうした時間は、演じている自分ではなく、本来の自分を少しずつ思い出させてくれます。
無理をしていないか、自分に問いかける
「良い人」でいることは、決して悪いことではありません。
問題は、それが無理をしなければ続けられない状態になっていることです。
だから、ときどき自分に問いかけてみてください。
私は無理をしていないだろうか。
私は誰に愛されようとしているのだろうか。
私は、本当はどう感じているのだろうか。
この問いに正解はありません。
大切なのは、自分の心を否定せずに見つめることです。
ありのままの自分で、美しく咲くために
愛されるために、「良い人」を演じる必要はありません。
もちろん、人を思いやることや、優しくあることは大切です。
けれど、それは「愛される条件」ではありません。
あなたが優しいから価値があるのでも、期待に応えられるから愛されるのでもありません。
人は誰でも、不完全です。
優しい日もあれば、余裕のない日もあります。
笑える日もあれば、泣きたくなる日もあります。
そのすべてを含めて、人間です。
ありのままとは、完璧でいることではありません。
演じている自分に気づき、本当の自分の声にも耳を澄ませながら生きていくことです。
誰かと比べる必要はありません。
万人に愛される必要もありません。
あなたは、あなたという花を咲かせればいいのです。
その花は、誰かと同じである必要はありません。
自分らしく、美しく咲いている花は、それだけで十分に価値があるのです。