
問い続けることが、呼吸だった
子どもの頃から、ある感覚がありました。
何かを知ろうとするのではなく、ただ問いがそこにある。
答えが出ると、また別の問いが生まれる。
最初からそういうものとして、そこにありました。
それが人生に苦しみをもたらしたこともありました。
学んで身につけたものではありません。
呼吸のように、最初からそこにあったのです。
この場所を始めてから、霊性や意識の構造について、さまざまな枠組みと出会いました。
意識のマップ、階層構造、波動の領域。
それらは確かに、何かを照らし出してくれます。
けれど正直に言うと、そういった枠組みで自分を測ろうとするとき、どこか窮屈になります。
地図は地図に過ぎない。
子どもの頃からあの感覚は、その地図が作られる前から、すでにそこにありました。
問い続けることを、今ここでは「インナーグロース(内面の成長)」と呼んでいます。
けれどそれは、成長という言葉が示すような、どこかへ向かう運動ではないのかもしれません。
ただ、問いと一緒にいること。
それだけかもしれない。
言葉にした瞬間、少し違うものになる。
枠組みの外にあるものを、言葉という枠組みで書こうとするのだから、それは仕方がない。
完全にはうまく書けません。
でも、うまく書けないことを知りながら、それでもここに置いています。