
『Rewrite』 書き換えるのは世界ではなく、自分という「意志」
私たちは、変えられない現実に直面したとき、つい「世界がこうなればいいのに」と外側に救いを求めてしまいます。
けれど、アニメーション『Rewrite』が静かに突きつけてくるのは、その正反対の問いです。
もし、世界を救うために唯一できることが、自分自身を書き換えること(リライト)だけだとしたら、あなたは何を選びますか。
物語の中で、主人公は突きつけられます。
「世界を変えるか、自分を変えるか」という、逃げ場のない二択を。
多くの人は、世界が変わることを望みます。
自分の都合の良いように、痛みのないように、周囲の景色が塗り替えられることを。
けれど、この物語が描く「救済」は、その甘い期待を打ち砕きます。
世界という大きな流れを強引に書き換えようとすれば、そこには必ず、歪みや犠牲が生まれてしまう。
本当の意味で運命に立ち向かうために、彼は、自分自身を書き換える(リライトする)ことを選びます。
自らの命の力を削り、能力を高め、内側を変容させていく。
けれど、その力を振るえば振るわなければならないほど、彼はこれまでの「人間としての形」を失い、異質な存在へと変わっていかざるを得ません。
それは、私たちが内面的な成長(インナーグロース)を遂げようとするときに、それまでの古い自分を脱ぎ捨て、痛みとともに全く別の存在へと生まれ変わっていくプロセスそのものを見ているようです。
枝分かれした無数の未来の先で、滅びを待つだけの荒野に立つとき。
たった一人の少女を救いたいという切実な祈りと、星の存続という大きな理のはざまで、魂は激しく揺さぶられます。
そこで見えてくるのは、完璧な正解などどこにもないという事実です。
「再進化」という名のもとに、生命は何度も試行錯誤を繰り返し、ゆらぎ、ときに不揃いなまま、必死に明日へと手を伸ばす。
その姿は、一見すると混沌としているかもしれません。
けれど、その不格好で、不揃いな生命の営みが幾層にも重なり合った先にしか、本当の「調和」は訪れないのではないでしょうか。
物語の終盤、彼は自らの命を完全に使い切り、個としての自分を消滅させることで、世界に「良き未来」を繋ぎ止めます。
緑に飲み込まれていく街や、静寂に包まれた月面の丘を眺めていると、ふと気づかされることがあります。
書き換えるべきだったのは、滅びゆく世界の運命ではなく、その運命を受け止め、自分という存在そのものを「星が続くための糧」として明け渡そうとする、自分自身の意志だったのではないか、と。
抽象的な「世界」という概念を救うために、己を空(くう)にし、一本の樹へと、あるいは大きな生命の循環へと溶け込んでいく。
その「自我の消滅」という究極の自立に立ったとき、私たちは初めて、檻のような論理から解放されます。
未来は決まってなどいない。
例え、今の自分が不完全で、震える声しか持っていなかったとしても。
自分という存在を、何度でも、より「呼吸のしやすい場所(本質)」へと書き換え、最後にはその筆さえも手放して、大いなる流れに明け渡していく。
その意志のゆらぎの中にこそ、星の輝きにも似た、静かな希望が宿っているのだと信じていたいのです。