Quiet Signals

思索と兆し・余白の記録

『ハウルの動く城』 心のダイヤルと、自分にかけた「おまじない」

ガラクタを寄せ集めたような、いびつな城。それが大きな音を立てて荒野を進む姿は、どこか私たちの内面の写し鏡のようです。この城の最も不思議な仕掛けは、玄関の扉にある「四色のルーレット」です。カチリ、とダイヤルを回すたびに、扉の向こう側は緑の草原になったり、賑やかな港町になったり、あるいは戦火の絶えない荒野になったりします。

出口はたったひとつ。それなのに、扉の向こうに広がる世界は、選んだ「色」によって全く別のものに変わってしまう。これは、私たちの「意識の周波数」の在り方にとてもよく似ています。

そして、その周波数を決定づけているもの……。劇中でハウルが部屋中に張り巡らせている「魔除け」は、私たちの心に潜む「おまじない」という名の観念かもしれません。

ハウルはかつて、星の子であるカルシファーという悪魔と契約し、自らの心臓を差し出しました。いわば、自分の魂(源の力)を売り、外側の大きな力と引き換えに城を動かしていたのです。「美しくなければ価値がない」「強く、特別な存在であらねばならない」。そんな強固な観念(おまじない)に自分の中心を明け渡してしまえば、意識のダイヤルは特定の場所に固定され、世界は自分を脅かす戦場のようにしか映らなくなります。

一方で、主人公のソフィーは、呪いによって老婆の姿に変えられたとき、絶望する代わりにこう呟きました。「年寄りのいいところは、失うものが少ないことね」

彼女は、自分を縛っていた「若さ」や「正しさ」という観念を手放しました。老婆という不揃いな自分を「これでいいのだ」と丸ごと受け入れたとき、彼女を縛っていた「おまじない」は解け、心のダイヤルは「自由」の周波数へとカチリと切り替わったのです。

ハウルもまた、自らがかけた「美しさへの執着」というおまじないに苦しむ青年でした。不格好な自分に耐えられず、闇に飲み込まれそうになる彼を、ソフィーは突き放すことなく、その「不揃いな姿」をただ隣で受け入れます。

私たちの人生という城も、整然とした完璧な姿である必要はありません。あちこちが軋み、不器用なつぎはぎがあったとしても、中心にある「ハート(心臓)」を外側の力から自分自身の手に取り戻しさえすれば、城は自由な意志で進んでいけます。

もし今、目の前の景色に息苦しさを覚えるのなら、少しだけ深呼吸をして、自分がどんな「おまじない(観念)」をかけているのかを、そっと眺めてみる。

「正しい自分」を守ろうとする力を抜いて、いまの自分にとって一番呼吸がしやすい場所へ。不揃いな自分をそのままに抱きしめ、周波数をそっと「安心」へと合わせたとき、扉の向こう側には、自分を自由にする新しい景色が、もう広がり始めているのだと思うのです。

Read more articles