Quiet Signals

日常の観察・問いの記録

『ハウルの動く城』 心のダイヤルと、自分にかけた「おまじない」

ガラクタを寄せ集めたような、不格好な城。

大きな音を立てながら荒野を歩くその姿を見ていると、どこか人の心にも似ているように思えてきます。

この城には、不思議な仕掛けがあります。

玄関の扉についた四色のダイヤルを回すたび、扉の向こうに広がる世界が変わっていくのです。

緑の草原になったり、賑やかな港町になったり、戦火の絶えない荒野になったり。

出口は同じなのに、見える景色はまるで違ってしまう。

その場面が、ずっと心に残っていました。

私たちも毎日、同じ世界を見ているようで、それぞれ違う景色を生きているのかもしれません。

違う世界に住んでいるからではありません。

何を大切だと思い、何を恐れ、何を信じているのか。

その違いが、目の前の景色まで少しずつ変えているような気がするのです。

ハウルは「美しさ」を失うことを恐れていました。

ソフィーは呪いによって老婆の姿になります。

けれど彼女は、「年寄りのいいところは、失うものが少ないことね」と静かに笑います。

あの一言を境に、同じ出来事であっても、ソフィーの見ている世界は少し変わったように見えました。

映画を観ながら、私は「おまじない」という言葉を思い浮かべていました。

子どもの頃から、知らないうちに信じてきた言葉。

「こうでなければならない」

「こういう自分でなければならない」

そんな見えない言葉を、私たちもどこかで握りしめながら生きているのかもしれません。

映画の終わり、不格好だった城は最後まで不格好なままでした。

けれど、最初に見た城とは、どこか違って見えます。

変わったのは城だったのでしょうか。

それとも、その城を見つめる私のほうだったのでしょうか。

-- 宮崎駿監督『ハウルの動く城』を観て

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