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過去や未来ばかり考えてしまうのは、なぜなのか|「いま」は、なぜ見えなくなるのか

気づけば、過去のことを考えています。

あのとき、違う選択をしていたら。

あんなことを言わなければ。

どうして、ああなってしまったのだろう。

あるいは、まだ来ていない未来を考えています。

うまくいかなかったらどうしよう。

この先、大丈夫だろうか。

失敗したらどうしよう。

私たちの身体は、いつも「いま」にあります。

それでも、意識は過去と未来を行き来しています。

では、人はなぜ「いま」を生きることが難しいのでしょうか。

 

「いま」は、いつも目の前にある

不思議なことがあります。

私たちは、「いま」を探しています。

けれど、「いま」は失われたことがありません。

昨日も、今日も、明日も。

私たちが実際に生きられるのは、この瞬間だけです。

過去を思い出しているときも、その行為は「いま」起きています。

未来を心配しているときも、その思考は「いま」生まれています。

つまり、私たちは一度も「いま」の外へ出たことはありません。

それでも、「いま」が見えなくなることがあります。

それは、「いま」がなくなるからではありません。

意識が別の場所へ向かっているからです。

 

人は、時間ではなく物語を生きている

過去そのものが苦しみを生んでいるわけではありません。

未来そのものが不安をつくっているわけでもありません。

私たちは、過去や未来について、自分の中で物語をつくっています。

私は失敗する人間だ。

あの出来事が人生を変えてしまった。

きっと今回もうまくいかない。

将来はこうならなければならない。

その物語を何度も繰り返すうちに、それが現実のように感じられてきます。

人は、出来事だけを覚えているのではありません。

出来事に意味を与え、その意味を生きています。

だから、過去や未来よりも強く私たちを縛るのは、自分の中で繰り返されている物語なのです。

 

「私はこういう人間だ」は、どこから生まれるのか

私たちは、自分という存在を知っているように思っています。

けれど、その多くは記憶からできています。

昔から人見知りだった。

失敗ばかりしてきた。

努力しても報われなかった。

私はこういう性格だ。

私はこういう人生を歩んできた。

その積み重ねが、「私」というイメージをつくっています。

もちろん、記憶は大切です。

経験は人生を支える財産でもあります。

けれど、その記憶だけで自分を定義し始めると、人は新しい自分を見ることが難しくなります。

過去が現在を説明し続け、現在が未来を決める。

そうした循環の中で、「私はこういう人間だ」という感覚が強くなっていきます。

 

未来は、不安だけではなく希望も生み出す

未来へ意識が向くことは、悪いことではありません。

予定を立てること。

目標を持つこと。

夢を描くこと。

それらは人生を豊かにします。

問題になるのは、未来の中でしか生きられなくなることです。

これが手に入れば幸せになれる。

あそこまで行けば安心できる。

もっと成長したら自分を認められる。

そう思い続けると、「いま」は未来へ向かう通過点になります。

すると、今この瞬間を味わうことができなくなります。

人生は未来で始まるのではありません。

いつも「いま」しか始まりません。

 

「いま」を見失うと、人生は思考の中で進み始める

身体は食事をしています。

けれど、意識は仕事のことを考えています。

家族と話しています。

けれど、昨日の出来事を思い返しています。

散歩をしています。

けれど、来月の予定を心配しています。

そのような時間は誰にでもあります。

問題は、それが当たり前になってしまうことです。

身体は現実を生きています。

けれど、意識は思考の中で生きています。

すると、目の前にある景色や、人との時間や、自分の感覚に気づきにくくなります。

「いま」が見えないのではありません。

思考が、「いま」を覆っているのです。

 

「いま」に戻るとは、何もしないことではない

「いまを生きる」という言葉は、ときどき誤解されます。

過去を忘れることでもありません。

未来を考えないことでもありません。

計画を立てないことでもありません。

過去は振り返ればいい。

未来は考えればいい。

けれど、それらを必要なときに使い、必要が終われば戻ってくる。

その自由さが大切なのです。

時間を否定する必要はありません。

時間に支配されないことが大切なのです。

 

「いま」は、自分を取り戻す場所でもある

過去にいるとき、人は記憶を生きています。

未来にいるとき、人は予測を生きています。

どちらも、人間にとって必要な働きです。

けれど、自分という存在に触れられるのは、いつも「いま」です。

呼吸を感じること。

風を感じること。

誰かの声を聞くこと。

身体の疲れに気づくこと。

目の前の景色を見ること。

それらは特別なことではありません。

けれど、その瞬間だけは、私たちは思考の中ではなく、現実にいます。

「いま」とは、時間の一点ではありません。

自分という存在が、現実と触れ合っている場所です。

 

「いま」は、いつも静かにここにある

人は過去を思い出します。

未来を想像します。

それは自然なことです。

だから、それを責める必要はありません。

大切なのは、気づくことです。

今、自分はどこにいるのだろう。

記憶の中でしょうか。

予測の中でしょうか。

それとも、この瞬間でしょうか。

「いま」は、努力してつくるものではありません。

探しに行くものでもありません。

私たちが思考の流れに気づいたとき、「いま」は最初からそこにあったことに気づきます。

過去も未来も、人生には必要です。

けれど、そのどちらも、本当に生きることはできません。

私たちが生きられる場所は、いつも一つです。

「いま」は、特別な瞬間ではありません。

人生そのものが、静かに息づいている場所なのです。

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