Inner Growth

内面の探究・人間存在の考察

AIが何でも答える時代に、なぜ私たちは「この人に聞きたい」と思うのか

わからないことがあれば、AIに聞く。

仕事について悩んだときも、文章を書きたいときも、何かを調べたいときも、生成AIはかなりのところまで答えてくれるようになりました。以前であれば、本を探したり、検索したり、詳しい人や専門家に尋ねたりしていたことの一部を、いまではAIとの対話だけで進めることができます。

では、これから人に聞く必要はなくなっていくのでしょうか。コンサルタントに相談する。専門家の意見を聞く。ある分野に詳しい人へ尋ねる。そうした行為の意味も、AIによって失われていくのでしょうか。

この問いを考えていくと、AIに何ができて、人間に何ができないのか、という話だけでは終わりません。むしろ見えてくるのは、これまで私たちが「人に聞く」という行為の中で、いったい何を受け取っていたのか、という問題です。

 

AIは、すでにかなりの知識労働を担える

まず、「人間にしかできないこと」を探す前に、生成AIがすでにできることを過小評価しない方がよいでしょう。

2023年に『Science』へ掲載された実験では、453人の大学教育を受けた専門職が文章作成課題に取り組み、一部の参加者がChatGPTを使用しました。その結果、ChatGPTを使用したグループでは、平均して作業時間が40%短縮され、成果物の品質は18%向上しました。しかも、もともとの能力が低かった参加者ほど大きな恩恵を受け、参加者間の成果の差も縮小しています。

これは重要な結果です。AIは、すでに能力の高い人をさらに強くするだけではありません。これまで一定の経験や能力を必要としていた仕事の一部を、経験の浅い人でも行いやすくする可能性があります。

国際労働機関(ILO)が2025年に公表した分析でも、世界の労働者のおよそ4人に1人が、何らかの程度で生成AIの影響を受ける職業に就いていると推計されています。ただしILOは、多くの仕事について、職業そのものが消滅するというよりも、人間による入力が引き続き必要であるため、仕事の内容が変化していく可能性の方を重視しています。

つまり、「この職業はAIに代替されるのか」という問いだけでは、少し粗いのです。一つの職業の中にも、情報を集める仕事、整理する仕事、文章を書く仕事、判断する仕事、人と関係を築く仕事など、さまざまな仕事が含まれています。AIによって変わっていくのは、その組み合わせです。

 

「知っていること」の希少性が下がっていく

ここから、一つの変化が見えてきます。

これまで専門家の価値の中には、「普通の人が知らないことを知っている」という要素がかなり含まれていました。専門書を読んでいる。論文を知っている。制度を理解している。専門用語がわかる。過去の事例を知っている。もちろん、こうした知識はいまでも重要です。

しかし、知識へアクセスするためのコストは大きく下がりました。知らない言葉が出てきても、AIに聞けば説明してもらえます。複数の考え方を比較することもできます。長い資料を整理したり、関連する論点を挙げたりすることもできます。

それなら、「知識を持っている」というだけで、人に相談する理由は以前より弱くなっていくでしょう。

しかし、ここで人に聞く意味そのものがなくなるとは限りません。なぜなら、専門家や他者から受け取っていたものは、知識だけではなかった可能性があるからです。

 

専門家は、情報を持っているだけではない

専門性について考えるときに重要になる概念の一つが、「暗黙知」です。

ある領域について長く学び、実際に活動している人は、教科書に書かれた知識だけを持っているわけではありません。同じ資料を読んでも、「ここは重要だ」「この数字だけでは判断できない」「この説明には別の可能性がある」「ここには書かれていない前提があるのではないか」といった判断が生まれます。

こうした判断は、単純に知識の量だけでは説明できません。2026年に、知識や専門性などを研究対象とする認識論の学術誌『Episteme』へ掲載された論文では、一般の人が専門家をどのように見分け、信頼できるのかが検討されています。この論文でも、専門家を理解するうえで、専門領域で実際に活動することによって形成される「専門的な暗黙知(specialist tacit knowledge)」が重要な要素として扱われています。

もちろん、暗黙知を「AIには絶対に獲得できない人間固有の能力」と考えるのは早計です。AIは、人間が行ってきた大量の判断や文章からパターンを学ぶことができます。これまで経験者だけが持っていた仕事の型の一部が、AIを通じて他者へ伝わる可能性もあります。

それでも、少なくとも専門家の仕事を「情報を知っている人」とだけ捉えることはできません。何を見るのか。何を疑うのか。何を重要だと判断するのか。そこまで含めて、専門性は形成されています。

 

人は、必ずしも人間の助言を好むわけではない

ここで、「やはり人間には信頼があるから、人に相談するのだ」と結論づけることもできそうです。しかし、研究を見ると、それほど単純ではありません。

2015年に発表された研究では、人はアルゴリズムが一度誤るところを見ると、たとえ全体としてアルゴリズムの方が人間より優れていたとしても、アルゴリズムへの信頼を失いやすいことが示されました。これは「algorithm aversion(アルゴリズム忌避)」と呼ばれています。

ところが、その後の研究では逆の現象も確認されています。2019年に発表された6つの実験では、同じ助言でも、それが人間から来たと考えた場合より、アルゴリズムから来たと考えた場合の方が、一般の参加者が大きな重みを与えることがありました。研究者たちはこれを「algorithm appreciation」と呼んでいます。直訳すれば「アルゴリズムを評価・好意的に受け入れる傾向」といった意味です。

つまり、人間だから信頼され、AIやアルゴリズムだから信頼されない、という単純な関係ではありません。課題の種類、本人の専門性、アルゴリズムの失敗を見た経験などによって、人がどちらを信頼するかは変わります。

AIが十分に優れた助言を返すのであれば、人間はAIの助言を受け入れることもできます。

そうなると、問いはさらに深くなります。AIから十分な回答を得られるとしても、なぜ私たちは、ときどき「この人ならどう見るのだろう」と思うのでしょうか。

 

「情報」と「助言」は同じではない

人が他者から助言を受ける行為そのものについても、心理学では研究が行われています。

2024年に、組織における人間の判断や意思決定、行動などを扱う学術誌『Organizational Behavior and Human Decision Processes』へ掲載された研究では、他者から提示された同じ種類の社会的情報でも、それが単なる「意見」として示される場合より、「助言」として示される場合の方が、人は大きな重みを与え、より多くのお金を支払うことが示されました。研究では、その違いに、助言者が自分を助けようとしているという意図の知覚や、そこから生じる信頼が関係していることも示されています。

つまり、人に何かを聞くという行為は、情報を受け取ることだけではありません。「誰かが、自分の問題について考えてくれた」という関係そのものが、助言の受け取り方に影響しています。

ただし、相談するということは、相手の判断に従うことでもありません。人は助言を受け取ったあと、自分自身の判断と照らし合わせながら、それを採用したり、部分的に取り入れたり、採用しなかったりします。

他者の判断は、自分の判断に置き換わるものではなく、自分の判断を動かす材料になるのです。

 

私たちは、もともと他者を通して世界を知っている

これは、哲学の問題でもあります。

社会的認識論と呼ばれる領域では、人間が他者との関係の中で、どのように知識や正当化された信念を形成しているのかが研究されています。

考えてみれば、私たちが知っていることの大部分を、自分自身で直接確認したわけではありません。歴史上の出来事も、遠い国で起きたことも、科学研究の結果も、経済統計も、自分で最初から調べたわけではありません。誰かが観察し、測定し、記録し、考え、文章にしたものを受け取っています。

他者の証言から知識を得ることは、社会的認識論における中心的な問題の一つです。人間はもともと、一人だけで世界を知っているわけではありません。他者を通して世界を知っています。

AIの登場によって、この構造そのものが突然生まれたわけではないのです。

 

知識を借りる、判断を借りる、その先にあるもの

ここまでの研究を踏まえると、「人に聞く」という行為には、いくつかの異なることが含まれているように見えます。

一つは、知識を借りることです。「これはどういう意味ですか」「この制度はどうなっていますか」「この分野では何がわかっていますか」。こうした問いについて、AIはすでに非常に強力な道具になっています。

もう一つは、判断を借りることです。「この資料をどう評価しますか」「この状況では何を重要だと思いますか」。そこでは、単なる情報量だけではなく、経験や専門性、暗黙知が関係してきます。

しかし、もう一つあるのではないでしょうか。

それは、他者の認識を経由することです。

 

同じ問題でも、見る人によって「問題」が変わる

たとえば、ある人が「会社を辞めるべきでしょうか。それとも残るべきでしょうか」と悩んでいるとします。

キャリアの専門家であれば、転職可能性、職歴、収入、将来のキャリアなどを見るかもしれません。経営者であれば、独立の可能性や事業性を見るかもしれません。心理学の知識を持つ人であれば、不安や意思決定の傾向に注目するかもしれません。

そして別の人は、「なぜ、辞めるか残るかの二つしかないと思っているのでしょうか」と尋ねるかもしれません。あるいは、「なぜ会社を辞めることを、失敗のように感じているのでしょうか」と問いかけるかもしれません。

ここで起きていることは、単に違う答えが提示されたということではありません。

最初に存在していた「問題」の形そのものが変わっています。

辞めるか、残るか。その二択について答えを探していたはずなのに、他者の問いを経由したことで、その二択を成立させていた自分自身の前提が見えてくる。

答えを教えてもらったのではありません。それまでとは違う場所から、自分の問題を見ることができるようになった。

ここに、「この人に聞いてみたい」という行為の一つの意味があるのではないでしょうか。

 

「他者の認識を経由する」ということ

「他者の認識を経由する」という表現は、ここまで紹介してきた研究で確立された学術用語ではありません。社会的認識論、証言、専門知、暗黙知、助言研究などを踏まえたうえで、ここから考えてみたいことです。

私たちは、他者の認識そのものを受け取ることはできません。相手が見ている世界を、そのまま自分のものにすることもできません。

しかし、自分とは異なる経験をしてきた人、自分とは異なることを学んできた人、自分とは異なる問いを持ってきた人に、自分の問題を一度見てもらうことはできます。そして、その人から返ってきた問いや判断を通して、もう一度、自分自身で問題を見ることができます。

そこで重要なのは、相手の答えを正解として受け入れることではありません。

他者の認識を経由したあと、自分には何が見えるのか。

最後に見るのは、自分自身です。

 

AIがあるから、人間が不要になるわけではない

ここまで考えると、「AIか、人間か」という問いそのものが少し違って見えてきます。

AIができることが増えれば、人間に残された仕事を守らなければならない。そのように考える必要はないのかもしれません。専門家も、研究者も、書き手も、コンサルタントも、AIを使うことができます。

AIによって大量の資料を調べる。異なる研究を比較する。反対意見を探す。自分が見落としている論点を確認する。文章を整理する。そうしたことが可能になります。

すると重要になるのは、AIを使ったかどうかではありません。

誰が、その道具を使って、何を見ようとしているのか。

同じAIを使っても、すべての人が同じ問いを立てるわけではありません。何を疑うのか。何を重要だと思うのか。どの回答に違和感を持つのか。何を追加で調べるのか。どこで「これは違う」と判断するのか。そこには、その人がこれまで学んできたこと、経験してきたこと、問い続けてきたことが関係します。

AIは、その人の代わりになるだけのものではなく、その人の認識がより広い情報の中を動くための道具にもなり得ます。

 

知識が増えるほど、「誰に聞くか」が見えてくる

AIによって、知識そのものの希少性はこれからさらに下がっていくかもしれません。調べることも、整理することも、説明してもらうことも、以前よりはるかに容易になりました。

だからこそ、これまで一つに見えていたものが分かれ始めています。

知識を得たいのか。判断材料が欲しいのか。それとも、自分とは違う人に一度この問題を見てもらいたいのか。

後者であるなら、問いは「AIに聞くか、人間に聞くか」ではありません。

誰の認識を経由して、もう一度この問題を見てみたいのか。

という問いになります。

AIが何でも答えてくれるようになったからこそ、「この人ならどう見るのだろう」という感覚の意味が、以前よりはっきり見えてくるのかもしれません。

そして他者に聞くことの価値は、答えを受け取ることだけではありません。自分一人では問いにならなかったことが、問いになる。見えていなかった前提が、見えるようになる。当然だと思っていた問題の形が、崩れる。

そのあとで、自分自身でもう一度見る。

人に聞くという行為には、そんな働きもあるのではないでしょうか。

 

参考資料


International Labour Organization, “Generative AI and jobs: A 2025 update,” 2025. https://www.ilo.org/publications/generative-ai-and-jobs-2025-update
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