
経営戦略は、増やすほどよくなるのか|施策の有効性と事業全体の合理性
事業を成長させようとするとき、私たちは新しい方法を探します。集客を増やす方法、購入につなげる方法、顧客との関係を維持する方法。経営やマーケティングについて学べば、取り入れられそうな施策はいくつも見つかります。検索からの集客には、情報を探している人と出会えるという特徴があります。SNSでの発信には、これまで接点のなかった人に届く可能性があります。メール配信には、一度接点を持った人との関係を継続しやすいという利点があります。
それぞれの方法には、一定の合理性があります。しかし、有効な施策を増やしていけば、事業全体もそれに応じてよくなっていくのでしょうか。私は最近、自身の事業について、集客や販売、顧客との関係づくりを改めて検討する機会がありました。新しい施策を取り入れることで改善できる部分はないか。現在の仕組みに不足しているものはないか。いくつかの方法を比較しながら、その効果と運用上の負担を考えていきました。
その過程で気づいたのは、個々の施策に効果があることと、それを追加することで事業全体が改善することは、必ずしも同じではないということでした。ある方法が優れていることと、その方法を現在の事業に導入することが合理的であることは、分けて考える必要があるのです。
施策の効果と、事業全体の成果は違う
例えば、ある事業でメール配信を始めたところ、そこから新たな購入が生まれたとします。この結果だけを見れば、メール配信には効果があったといえるでしょう。しかし、その施策が事業全体にとって有益だったかどうかを判断するには、もう少し広い範囲を見る必要があります。
メールの内容を考え、配信の準備をし、登録者を管理し、結果を確認する。そのために使った時間や費用があります。さらに、その時間を別の仕事に使っていれば、得られたかもしれない成果もあります。例えば、同じ時間を商品の制作に使っていたらどうだったでしょうか。既存の商品を改善していたら、あるいは購入者への対応を充実させていたら、どのような結果になったでしょうか。
経済学には「機会費用」という考え方があります。ある選択をしたことで、選ばなかった別の選択肢から得られたはずの価値を指す言葉です。事業では、この機会費用が見えにくくなることがあります。新しく始めた施策から購入が生まれれば、その成果は確認できます。しかし、その施策を始めなければ進められたはずの仕事や、そこで得られたかもしれない成果は、数字として現れないことが多いからです。
そのため、施策を評価するときには、単に成果が出たかどうかだけでなく、その施策を選んだことで事業全体にどのような変化が生じたのかを考える必要があります。売上が増えても、費用がそれ以上に増えれば利益は減ります。利益が増えても、運営に必要な時間が大幅に増えれば、別の重要な仕事を進められなくなるかもしれません。反対に、短期的な利益が小さくても、長期的な顧客との関係や事業の安定性に貢献する施策もあります。つまり、施策単体の成果だけでは、経営上の合理性を十分に判断できないのです。
施策を追加するほど、運営は複雑になる
経営施策は、それぞれ独立して存在しているわけではありません。例えば、検索から読者を集め、記事を読んでもらい、そこから商品を購入してもらう仕組みがあるとします。そこへSNSでの発信を追加すれば、新しい読者が増える可能性があります。メール配信を追加すれば、一度訪れた人と再び接点を持てるかもしれません。
こうした組み合わせによって、個々の施策だけでは得られなかった成果が生まれることもあります。一方で、すでに別の方法で接点を持っている人に、異なる経路から繰り返し働きかけているだけの場合もあります。また、新しい施策を導入すれば、その施策自体の運用だけでなく、既存の仕組みとの調整も必要になります。発信する内容を媒体ごとに変える。複数の経路から訪れる人に合わせて案内を整える。どの施策が成果につながっているのかを確認する。施策が増えるほど、こうした管理も複雑になり得ます。
そのため、新しい方法を検討するときには、その方法自体が優れているかどうかだけでなく、すでに存在する仕組みとどのような関係を持つのかを確かめる必要があります。ある事業では、複数の施策を組み合わせることで大きな成果が生まれるでしょう。しかし、別の事業では、少数の施策に集中する方が効率的かもしれません。施策の数が多いことは、それ自体では経営上の強みになりません。重要なのは、それぞれの施策が事業全体の中で、どのような役割を果たしているかということです。
事業には、それぞれ異なる制約がある
同じ経営手法でも、事業によって合理性が変わる理由の一つに、利用できる経営資源の違いがあります。人員や予算に余裕があり、集客、販売、商品制作、顧客対応などを分担できる事業と、限られた体制の中で複数の業務を兼任している事業では、新しい施策を追加することの意味が異なります。
例えば、集客を専門に担当する人員がいる事業では、新しい発信媒体を運用することが比較的容易かもしれません。一方、商品制作や販売、管理などを限られた人員で担っている事業では、発信のために使う時間が、ほかの重要な業務に使える時間を減らすことがあります。もちろん、規模が小さいからといって、新しい施策を取り入れるべきではないということではありません。限られた経営資源を有効に使うために、自動化や外部サービスの導入が有益になる場合もあります。
ただし、どのような事業にも、活動全体の成果を左右する制約があります。集客が不足している事業では、顧客との接点を増やすことが重要になるでしょう。十分な需要があっても商品を提供する能力が足りなければ、制作や供給の体制を整えることが優先されます。購入希望者がいても販売までの手続きが複雑なら、その部分を改善する方が成果につながるかもしれません。
このように考えると、事業にとって必要な施策は、一般的な成功事例からだけでは決められません。現在の事業がどのような状態にあり、何が成果を制約しているのかを見なければならないのです。そして、その制約は固定されたものでもありません。事業の成長や環境の変化によって、以前は必要なかった施策が重要になることもあります。反対に、以前は有効だった方法が、現在では負担の方が大きくなっている場合もあるでしょう。
採用しない判断は、いつ合理的になるのか
ここまで考えると、経営戦略においては、何を採用するかと同じくらい、何を採用しないかが重要であることが見えてきます。ただし、施策を採用しないという判断が、常に合理的であるわけではありません。
例えば、集客が不足していることが明らかな事業で、必要な改善を行わずに現状を維持していれば、事業の継続が難しくなる可能性があります。新しい方法を取り入れることへの抵抗が、合理的な判断として説明されている場合もあるかもしれません。反対に、すでに十分な集客経路があり、商品制作やサービス提供に多くの時間が必要な事業では、新しい集客施策を増やすことが、かえって事業全体の成果を損なう可能性があります。
では、両者は何によって区別できるのでしょうか。重要なのは、施策を採用する場合と採用しない場合の双方について、事業全体への影響を考えているかどうかです。その施策は、どのような問題を解決するためのものなのか。期待できる成果は何か。導入や運用に必要な資源はどれほどか。既存の仕組みとの重複や相乗効果はあるか。そして、その施策を採用しない場合、どのような問題が残るのか。
こうした問いを検討したうえで、採用しない方が事業全体にとって望ましいと判断するのであれば、それは単なる消極性とは異なります。ただし、その判断を正当化するために都合のよい理由だけを探してしまえば、検討の意味は失われます。採用した方がよいという結論に至る可能性も残しておく必要があります。経営戦略としての不採用とは、何もしないことを目的にするのではなく、事業の目的と条件に照らして、限られた資源を別のところへ配分するという判断なのです。
経営戦略は、何を最大化しようとしているのか
さらに考えておきたいのは、事業全体の成果を何によって判断するのかという問題です。売上を増やすこと。利益を確保すること。顧客を増やすこと。事業を長く継続すること。これらは経営において重要な目標ですが、必ずしも常に同じ方向へ動くとは限りません。
例えば、売上を増やすために商品数を増やせば、管理や制作の負担が増えるかもしれません。顧客数を増やすために価格を下げれば、販売数は増えても利益が減る可能性があります。短期的な利益を優先すれば、将来のための投資が不足する場合もあるでしょう。だからこそ、経営戦略を考える際には、何を成果とし、何を優先するのかを明確にする必要があります。
特に規模の小さな事業では、事業の規模や利益だけでなく、運営に必要な時間や、組織として担える仕事の範囲も無視できません。商品やサービスの価値を生み出す活動にどれだけの資源を使えるかは、事業の成果に直接関わります。もちろん、経営者の希望だけで事業が成立するわけではありません。顧客が価値を認め、必要な収益が得られなければ、継続は難しくなります。
しかし、事業を成立させるための条件と、その事業によって何を実現したいのかという目的は、分けて考える必要があります。売上を最大化するための方法が、必ずしも事業の目的に最も適した方法とは限りません。反対に、経営者にとって負担が少ない方法が、必ずしも事業を成立させるとは限りません。合理的な経営判断とは、そうした条件の間で、何を優先し、何を選ぶのかを考えることなのでしょう。
施策を増やす前に、事業全体を見る
経営について学ぶことは、選択肢を増やしてくれます。これまで知らなかった方法を知り、改善できる部分に気づき、事業の可能性を広げることができます。しかし、選択肢が増えることと、実行すべきことが増えることは同じではありません。
ある施策が有効であると知ったとき、次に考えるべきなのは、それを導入する方法だけではないはずです。現在の事業に、その施策が解決すべき問題は存在するのか。導入によって得られるものは何か。そのために使う資源を、ほかの活動へ配分する場合と比べてどうなのか。こうした問いを通して、個々の施策を事業全体の中に位置づけていく必要があります。
今回、自身の事業について改めて経営戦略を検討したことで、私はこの違いを確認することになりました。新しい施策を追加する余地があることと、追加した方がよいことは、必ずしも一致しません。もちろん、現在の判断が将来も正しいとは限りません。事業の状況が変われば、必要な施策も変わります。実際の成果を確かめながら、判断を見直すことも必要でしょう。
それでも、経営戦略を学ぶことの価値は、新しい方法を次々と取り入れることだけにあるのではないと思います。それぞれの方法が何を改善するためのものなのかを理解し、自分の事業全体を見渡したうえで、必要なものを選ぶこと。そして、必要ではないものを選ばないこと。
事業をよくするために、必ずしも仕事を増やす必要はありません。むしろ、何を増やさないかを判断できることも、経営戦略を理解することの一つの成果なのではないでしょうか。