Inner Growth

内面の探究・人間存在の考察

人は、存在することで何を変えているのか|役割や使命を超えた、人間の働き

人は、自分が存在することによって、周囲に何をもたらしているのでしょうか。

私たちは、人間の価値や働きを考えるとき、その人が何を成し遂げたのか、どのような役割を担っているのか、社会にどれほど貢献しているのかといったことに目を向けがちです。仕事で成果を上げること、誰かを支えること、何かを生み出すこと。そうした行為や結果を通して、一人の人間の存在を理解しようとします。

しかし、人間が周囲にもたらすものは、本人が意図して行ったことだけではありません。ある人が加わったことで、それまでの人間関係が変化することがあります。その人が何かを変えようとしたわけではなくても、周囲の人々が自分の考え方や振る舞いを見直すきっかけになることもあるでしょう。

何かを変えるために行動することと、存在することによって何かが変わることは、同じではありません。では、私たちは自分自身も十分に自覚していないところで、どのような働きをしているのでしょうか。

 

人によって異なる、存在の働き

人間は他者と関わる以上、何らかの影響を与えています。ただし、その影響の現れ方は一様ではありません。ここで考えたいのは、誰もが周囲に影響を与えているという一般的な事実ではなく、その人が関わることで、どのような変化が生じやすいのかという問題です。

例えば、ある人がいることで、集団の秩序が安定する場合があります。その人が何かを指示しなくても、周囲の人々が既存の規則や役割を意識し、一定の秩序を保とうとするのです。別の人がいることで、人々の間に対話が生まれやすくなる場合もあります。また、ある人の存在によって、それまで表面化していなかった対立や不満が明らかになることもあるでしょう。

こうした違いは、本人の性格や能力だけでは説明できません。同じ人でも、関わる相手や環境によって異なる影響を与えるからです。ある場所では安心感をもたらす人が、別の場所では緊張を生むこともあります。また、本人が同じように振る舞っていても、それを受け取る人の経験や認識によって、関係のあり方は変わります。

そのため、存在の働きを理解するには、本人の性質だけでなく、どのような環境で、誰との間に、何が生じたのかを見る必要があります。そのうえで、異なる状況を振り返ったとき、繰り返し現れる変化の方向があるなら、そこにはその人に特徴的な働きが表れている可能性があります。

 

他者の存在は、人間の内面に何をもたらすのか

人間同士の関わりを考えるとき、私たちは言葉や行動を中心に捉えがちです。しかし、他者の存在が人間に与える影響は、明示的なコミュニケーションだけでは説明できません。

心理学では、人間が他者との関係を前提として環境に適応しているという視点から、社会的ベースライン理論が提唱されています。この理論では、親しく予測可能な他者が近くにいることによって、感情の調整や行動に必要な負担が軽減される場合があると考えられています。

この理論に関する研究成果と今後の課題を整理したのが、Lane Beckes(レーン・ベックス)とDavid A. Sbarra(デイヴィッド・A・スバラ)による2022年の総説です。心理学分野の研究動向を扱う学術誌『Current Opinion in Psychology(カレント・オピニオン・イン・サイコロジー)』に掲載されました。そこでは、他者との近接性が感情の調整にどのように関わるのか、その神経的な仕組みや、社会的な関係を通じた身体・心理状態の調整について検討されています。

この理論が示しているのは、人間が必ずしも単独で自分の状態を調整しているわけではないということです。信頼できる他者が近くにいるという状況そのものが、心身の負担に関わる場合があります。つまり、人間の内的状態を理解するうえでも、他者との関係を切り離すことはできません。

さらに、人間同士の相互作用については、行動や生理的反応、神経活動の同期という現象も研究されています。

Shay Ohayon(シェイ・オハヨン)とIlanit Gordon(イラニット・ゴードン)は、二者間における神経活動、生理的反応、行動の同期について、複数の研究を対象とした系統的レビューとメタ分析を行いました。この論文は2024年にオンライン公開され、2025年に神経科学分野の学術誌『Behavioural Brain Research(ビヘイヴィオラル・ブレイン・リサーチ)』に掲載されています。

分析の結果、神経活動と行動の同期には中程度の関連が認められ、生理的反応と行動の同期には小さな関連が認められました。一方、神経活動と生理的反応の同期については、研究数が少なく、結果も一貫していませんでした。

これらの研究は、人間同士の関わりが、言葉や意識的な行動だけでなく、身体や神経活動の水準でも検討できることを示しています。ただし、観察された同期が、意識そのものの直接的な伝達を意味するわけではありません。

 

関係の中で生まれるもの

他者との関わりは、個人の状態に影響を与えるだけではありません。人間同士が関わる過程そのものから、それまで存在しなかった理解や意味が生まれることもあります。

2007年、Hanne De Jaegher(ハンネ・デ・イェーガー)とEzequiel Di Paolo(エセキエル・ディ・パオロ)は、参加的な意味形成という考え方を提示しました。これは、Participatory sense-making(パーティシパトリー・センスメイキング)と呼ばれる、認知科学における理論的な枠組みです。論文は、現象学と認知科学を扱う学術誌『Phenomenology and the Cognitive Sciences(フェノメノロジー・アンド・ザ・コグニティブ・サイエンシズ)』に掲載されています。

この理論では、意味は個人の内部で完成したものが他者へ伝えられるだけではなく、人間同士が関わる過程そのものが、意味の形成に関わっていると考えます。例えば、二人の人間が会話しているとき、相手の反応によって新しい疑問が生まれ、その疑問を検討する中で、それまでどちらも考えていなかった理解に至ることがあります。このような場合、新しく生まれた理解を、どちらか一方の考えだけに帰属させることはできません。

この視点から考えると、人間の働きを、その人が持っている能力や知識だけで捉えることには限界があります。関係の中で生まれたものは、関わった人々の性質を単純に足し合わせた結果とは限らないからです。

また、人間同士の関わりにおいて、互いの状態が一致することだけが重要なのではありません。

Elizabeth B. daSilva(エリザベス・B・ダシルヴァ)とAdrienne Wood(エイドリアン・ウッド)は、対人同期の仕組みと社会的な働きを整理した総説を発表しています。この論文は2024年にオンライン公開され、2025年に社会心理学や人格心理学の理論・研究を総合的に検討する学術誌『Personality and Social Psychology Review(パーソナリティ・アンド・ソーシャル・サイコロジー・レビュー)』に掲載されました。

総説では、対人同期が相互理解や共同作業、社会的な結びつきなどに関わることが検討されています。一方で、同期は多ければ多いほど望ましいわけではなく、状況に応じた柔軟な調整が重要であることも指摘されています。

ここで研究されている行動や身体的反応の同期と、社会の中で同じ価値観に従うという意味での同調は、同一の現象ではありません。ただし、この違いを踏まえることで、人間関係を理解する際に、互いが似ていることや一致することだけを重視しない視点が得られます。

人間同士の関係は、すでにあるものを受け渡すだけの場ではありません。そこには、個人の内部だけを見ていては捉えられない働きがあります。

 

意識の質は、どのように受け継がれるのか

ここまでは、心理学や認知科学の研究を手がかりに、人間の存在が他者との関係にどのように関わるのかを考えてきました。では、さらにその奥にある、意識の問題についてはどうでしょうか。

ここでいう意識の質とは、単に何を考えているのか、どのような感情を抱いているのかということだけではありません。自分と他者をどのように認識しているのか。世界に対して、どのような前提を持っているのか。何に同一化し、何を当然のものとして受け入れているのか。そうした、その人の存在の在り方に関わる性質を含めて考えています。

人間は、自分が何を考えているのかを、ある程度言葉にすることができます。しかし、自分の認識を支えている前提については、必ずしも自覚しているとは限りません。例えば、人間関係の中で生じた出来事を、自分が否定された証拠として受け取る人もいれば、相手との認識の違いとして受け取る人もいるでしょう。同じ出来事であっても、その人が何に同一化しているかによって、経験する現実の意味は変わります。

そして、そのような認識は、個人の内部だけにとどまるものではありません。人間は、自分が当然だと考えている前提に基づいて他者と関わり、その関わりを通して、周囲の人々にも一定の経験をもたらします。

ここで考えたいのは、意識の質が受け継がれるとすれば、何が受け継がれるのかという問題です。

知識であれば、言葉や記録を通して伝えることができます。技術であれば、実践を見せ、繰り返し学ぶことで継承できます。しかし、世界の見方や他者との関わり方を支える前提は、必ずしも明示的に教えられるものではありません。むしろ、日々の関係の中で、何を当然とするのか、何に反応するのか、どのような振る舞いが許容されるのかを経験することによって、少しずつ形づくられていく場合があります。

例えば、ある家庭や組織の中で、失敗が常に非難の対象として扱われていたとします。その環境で過ごした人が、失敗を隠すことや、他者からの評価を過度に恐れることを身につける場合があります。一方、その経験を通して、失敗を責める関係そのものに疑問を抱く人もいるでしょう。

ここには、継承と変容の両方があります。同じ環境を経験したからといって、同じ認識が形成されるとは限りません。受け取ったものをそのまま維持する場合もあれば、それに違和感を覚え、別の在り方を選ぶ場合もあります。

つまり、受け継がれるものを、特定の考え方や振る舞いの単純な複製として捉えることはできません。何を受け取り、何を変化させるのかという過程には、受け取る側の認識や経験も関わっています。

ここからさらに、意識そのものの働きについて考えることができます。

意識を身体や心理の働きだけに還元せず、存在のより根本的な側面として捉えるなら、人間の振る舞いや関係性は、意識の質が現れる一つの場として考えられます。また、波動という概念を用いるなら、その人がどのような意識の状態にあるのかという問題も、存在の働きと結びついてきます。

ただし、ここでいう霊的な波動と、物理学で扱われる波動は区別する必要があります。また、前述した対人同期の研究によって、霊的な意味での意識や波動の伝達が実証されたわけでもありません。研究によって確認されている現象と、意識の本質についての考察は、それぞれ異なる水準にあります。

その区別を踏まえたうえで考えるなら、人間同士の関係は、意識の質が継承され、あるいは変容していく場でもあるのかもしれません。

ただし、ここでいう継承は、ある人の意識が、そのまま別の人へ移るという意味に限りません。ある意識の質に触れたことによって、それまでとは異なる認識が生まれる場合もあるでしょう。また、その経験を通して、受け継いできた前提から離れることも考えられます。そうであるなら、意識の質の継承とは、同じものが続いていくことだけでなく、異なるものへと変わっていく可能性を含んでいることになります。

そして、こうした変化は、必ずしも本人が意図した方向へ進むとは限りません。ある人が伝えようとした考え方が、そのまま受け継がれることもあれば、受け取った人がまったく異なる理解へと至ることもあります。存在の働きは、本人の意思だけで完結するものではないのです。

 

存在の働きを、価値や使命に置き換えない

ここで注意したいのは、存在の働きを理解することと、その働きを評価することは違うという点です。

周囲に大きな変化をもたらす人ほど価値が高いわけではありません。また、変化が生じたからといって、それが望ましいものだったと決めることもできません。ある人の働きが何をもたらしたのかは、その変化が生じた状況や、関わった人々の経験を踏まえて考える必要があります。

そもそも、人間関係の中で生じた変化を、特定の人物だけの働きとして説明できるとは限りません。本人の振る舞いだけでなく、それを受け取った人々の認識や、それまでに形成されてきた関係性も関わっているからです。

存在の働きを考察することは、その人を善い存在、悪い存在と評価することでも、特別な役割を見いだすことでもありません。その人が関わることで、どのような変化が生じているのかを理解しようとすることです。

そして、仮に自分自身の働きについて何らかの特徴が見えてきたとしても、それを新しい使命や義務にする必要はないでしょう。自分にはこのような働きがあるのだから、それを発揮しなければならないと考え始めれば、存在についての理解は、再び達成すべき目標へと変わってしまいます。

人間の存在に働きがあるということは、その働きを意図的に実現しなければならないという意味ではないのです。

 

自分という存在を通して、何が起きているのか

私たちは、自分自身の人生について、さまざまな問いを抱きます。自分は何をしたいのか。何を成し遂げたいのか。どのように生きたいのか。そうした問いは、本人の意思や選択に関わるものです。

しかし、自分自身を理解するための問いは、それだけではありません。

自分という存在を通して、この世界では何が起きているのだろうか。

この問いに向き合うとき、私たちは、自分が望んだ結果だけでなく、これまで関わってきた人々や環境に目を向けることになります。そこで何が変わり、何が変わらなかったのか。どのような関係が生まれ、どのような認識が揺らいだのか。自分自身の経験と、周囲に生じた出来事を照らし合わせることで、これまで意識していなかった働きが見えてくる場合もあるでしょう。

もちろん、そこから見いだされた特徴が、その人の存在のすべてを説明するわけではありません。人間は、特定の性質や働きだけで捉えきれるものではないからです。また、自分を通して何が起きているのかという問いに、必ずしも明確な答えが得られるとも限りません。

それでも、この問いには、社会的な役割や実績とは異なる角度から、人間を見つめる可能性があります。

私たちは、自分が何をしようとしているのかについては、ある程度説明することができます。しかし、自分という存在が他者との関係の中で何を生み出し、何を変化させているのかについては、十分に理解していないことが多いのではないでしょうか。

何かをするために存在しているのではなく、存在していることによって、何かが生じている。

そのように人間を見つめるとき、人生の目的や使命とは別のところに、一人の存在についての新しい問いが現れます。

ただ生きている。そのことの中に、まだ十分に理解されていない、人間という存在の働きがあるのかもしれません。

 

参考資料


Beckes, L., & Sbarra, D. A.「Social baseline theory: State of the science and new directions」Current Opinion in Psychology, 43, 36–41, 2022. https://doi.org/10.1016/j.copsyc.2021.06.004
Ohayon, S., & Gordon, I.「Multimodal interpersonal synchrony: Systematic review and meta-analysis」Behavioural Brain Research, 480, 115369, 2025. https://doi.org/10.1016/j.bbr.2024.115369
De Jaegher, H., & Di Paolo, E.「Participatory sense-making: An enactive approach to social cognition」Phenomenology and the Cognitive Sciences, 6, 485–507, 2007. https://doi.org/10.1007/s11097-007-9076-9
daSilva, E. B., & Wood, A.「How and Why People Synchronize: An Integrated Perspective」Personality and Social Psychology Review, 29(2), 159–187, 2025. https://doi.org/10.1177/10888683241252036

関連記事