
『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』 言葉を綴るという静かな祈り
ヴァイオレットがタイプライターに向かい、真っ白な紙の上で言葉を探す姿が、ずっと心に残っています。
キーを打つ音は静かなのに、その一文字には、誰かの人生が込められています。
彼女は、言葉を書く前に、人の話を聞きます。
言葉だけではなく、その沈黙や、ためらい、声の震えにも耳を澄ませているように見えます。
だから彼女が綴る手紙は、文章を整えたものではなく、その人自身の想いを受け取った記録のようでした。
『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』を観ていると、「言葉を書く」ということの意味が、少しずつ変わっていきます。
伝えるために書くのではなく、まだ言葉になっていないものに、静かに形を与えていくこと。
それは誰かのためであると同時に、自分自身のためでもあるのかもしれません。
私たちも日々の暮らしのなかで、うまく言葉にできない気持ちを抱えています。
嬉しかったことも、悲しかったことも、その場では言葉にならず、時間が過ぎてからようやく気づくことがあります。
だから私は、この作品を観るたびに思います。
言葉は、考えて生み出すものというより、誰かの想いに静かに耳を澄ませた先で、ようやく見つかるものなのかもしれないと。
物語の終わりが近づくころ、「愛してる」という一つの言葉が、どれほど大きな時間を抱えているのかが、少しだけ伝わってきます。
その言葉は、最初から意味を知っていたから話せたのではありません。
生きるなかで少しずつ、その重みを知っていったからこそ、ようやく届いた言葉でした。
誰かに伝えたいのに、まだ言葉にならない想いがあります。
それは、本当に言葉が足りないのでしょうか。
それとも、まだ大切に抱えておきたい時間なのかもしれません。
-- 『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』を観て