Quiet Signals

日常の観察・問いの記録

ほどけゆく身体|潮騒に自意識を預ける

海を見ていると、不思議なことがあります。

何かを解決しようとしているわけでもないのに、頭の中を占めていた考えが少しずつ静かになっていきます。

波は、何も語りません。

寄せて、返す。

ただ、それを繰り返しています。

それなのに、見ているこちら側には変化が起きます。

普段の私たちは、自分を中心に世界を見ています。

今日やるべきこと。

誰かの言葉。

自分への評価。

これからの予定。

世界は「私」を中心に回っているように感じられます。

けれど、海の前に立つと、その感覚が少しだけ変わります。

広がる水平線。

途切れることのない波。

自分とは関係なく続いている時間。

その大きさを前にすると、自分が抱えていた問題は消えるわけではありません。

ただ、それだけが世界ではなかったことを思い出します。

波は、一定ではありません。

同じ形は一つもありません。

それでも海は、海であり続けています。

私たちは、ときどき一定であることを求めすぎているのかもしれません。

感情も。

考えも。

生き方も。

揺れないことを安心と呼び、変化することを不安と呼びます。

けれど、自然は最初から揺れています。

風も。

波も。

潮の満ち引きも。

その揺らぎの中に、生命は静かに続いています。

海を眺めていると、自分という輪郭が消えるのではありません。

ただ、自分という輪郭だけが世界ではなかったことを、身体が思い出していきます。

だから私は、ときどき海へ向かいます。

答えを探すためではなく、人間という小さな輪郭を少しだけほどき、世界の大きさを静かに思い出すために。

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