
衣替え|季節を纏い直す、静かな儀式
春の柔らかな光が差し込む頃になると、クローゼットの奥へ手を伸ばします。
冬のあいだ何度も袖を通した厚手のコートを外し、しまっていた薄手のシャツやリネンの服を取り出す。その一つひとつの動作には、不思議な静けさがあります。
衣替えは、衣類を整理する作業として行われています。
けれど、それだけではないように思うことがあります。
服を替えるという具体的な動作を通して、私たちは季節だけではなく、自分自身との関係も静かに確かめ直しているのではないでしょうか。
冬の服には、冬の身体があります。
寒さに備え、身体を守り、自然と肩にも力が入ります。
春の服は違います。
風を通し、光を受け入れ、少しだけ身軽になります。
服が変わるだけなのに、身体の感覚まで変わっていく。
それは、とても不思議なことです。
毎年、衣替えをしていると気づくことがあります。
去年はよく着ていた服が、今年はなぜか手に取られないことがあります。
反対に、以前は少し落ち着かないと感じていた色が、不思議と今の自分には自然に思えることもあります。
服が変わったのでしょうか。
そうではありません。
変わっていたのは、自分のほうなのかもしれません。
私たちは、季節に合わせて服を替えています。
けれど実際には、その季節を生きる自分を、静かに認識し直しているようにも見えます。
だから衣替えは、効率だけでは説明できません。
春になったから薄着になる。
その合理性だけではなく、「今の自分は、どのような質感で世界に触れたいのか」を、身体を通して確かめている時間でもあるのでしょう。
クローゼットの中に生まれた余白へ、新しい季節の空気が流れ込みます。
その空気を受けながら、一枚ずつ服を掛け直していると、季節は外側だけで変わるものではないことに気づきます。
人は、自然の変化を見ながら、自分自身の変化も静かに受け入れている。
衣替えとは、服を替える儀式であると同時に、季節の中で今の自分をもう一度見つめ直す、小さな時間なのかもしれません。