
『リトル・ミス・サンシャイン』 勝ち負けの地図を、黄色いバスに乗せて手放す
人生には、「正しい道」を示す地図があふれています。
成功すること。
選ばれること。
誰かに価値を認められること。
私たちは子どもの頃から、そんな地図を手渡され、できるだけ早く目的地へたどり着くことを教えられてきたのかもしれません。
映画『リトル・ミス・サンシャイン』のフーバー家もまた、それぞれが違う「成功の地図」を抱えて生きている家族でした。
勝者と敗者を分ける厳しい価値観を信じる父。
夢だけを追い続ける兄。
誰もが、自分なりの「正しさ」を握りしめています。
そんな家族が、小さなオリーヴをコンテストへ連れていくため、壊れかけた黄色いバスで旅に出ます。
けれど、その旅は最初から思いどおりには進みません。
バスは何度も故障し、家族全員で押しながら走らせる。
予定は狂い、次々と予想外の出来事が起こり、ときには笑うしかないような場面さえ続いていきます。
それでも、誰ひとり途中で降りません。
物語が進むにつれて、彼らが信じていた「成功の地図」は、一枚ずつ意味を失っていきます。
人生を賭けていた計画は崩れ、自分の正しさは思うように通用しない。
けれど、そのたびに彼らは、不格好なまま少しずつ家族になっていきます。
そして迎えたコンテストの舞台。
オリーヴが踊り始めた瞬間、会場の空気は凍りつきます。
完璧とは程遠い。
けれど、その踊りには、誰かに評価されるためではない、生きている楽しさがありました。
やがて家族全員がステージへ上がり、一緒になって踊り始めます。
その姿は少し滑稽で、少し恥ずかしくて、それでも、どうしようもなく自由でした。
結局、彼らは優勝しません。
壊れたバスも、そのままです。
何一つ思いどおりにはなりませんでした。
それでも、旅の終わりに残っていたのは、「勝った家族」ではなく、一緒に笑える家族でした。
黄色いバスを思い返すたび、私は人生にも、予定どおりに進まない時間が必要なのではないかと考えます。
遠回りをして、故障して、ときには立ち止まる。
そんな時間を過ごしたからこそ見える景色も、きっとあるのでしょう。
あの黄色いバスは今日もどこかで、不格好なまま、それでも前へ進み続けているような気がします。
-- 映画『リトル・ミス・サンシャイン』を観て