
『言の葉の庭』|雨の停滞、再び歩き出すための時間
雨の朝になると、少年は学校へ向かわず、新宿御苑の東屋へ足を運びます。
都会の喧騒から少しだけ離れたその場所には、時間がゆっくり流れていました。
そこで出会った一人の女性。
彼女はある日突然、この世界の歩き方を忘れてしまった人でした。
誰かの言葉に傷つき、前へ進もうとしても、足が動かない。
それまで当たり前だった日常が、急に遠いものになってしまう。
そんな彼女を前にして、少年は一足の靴を作ろうと決めます。
それは履物を作るというより、「もう一度歩けるようになってほしい」という願いを形にする時間だったように思えました。
足の大きさを知り、革に触れ、少しずつ形にしていく。
その一つひとつが、言葉では届かない想いを手で伝えようとする行為のようにも見えます。
「雷神の 少し響みて さし曇り 雨も降らぬか 君を留めむ」
万葉集の歌を交わしながら、二人は雨の庭で、ただ同じ時間を過ごします。
何かを解決するわけでもありません。
励ますわけでもありません。
ただ、雨音を聞きながら隣にいる。
その時間があったからこそ、彼女は少しずつ、自分の足で歩く力を取り戻していったのかもしれません。
完成した靴は、誰かを救う魔法ではありません。
けれど、自分で歩こうとするとき、その足元にそっと寄り添うことはできます。
人は誰かの人生を代わりに歩くことはできません。
それでも、その人が歩き出す日のために、何かを作ることはできるのでしょうか。
雨上がりの庭を思い返すたび、私の中には、まだ履かれていない一足の靴が静かに残り続けています。
-- 新海誠監督『言の葉の庭』を観て