
『コンビニ人間』|「普通」という重力から、静かに浮上する場所
世界は、目に見えない無数の「普通」で満たされています。
朝起きて、働いて、誰かと愛し合い、家族をつくる。
その流れを、いつの間にか「当たり前」として受け入れながら生きているのかもしれません。
村田沙耶香さんの『コンビニ人間』を読み終えたあと、私の心に残ったのは、主人公の生き方を肯定する気持ちでも、否定する気持ちでもありませんでした。
「普通」とは、いったい誰が決めているのだろう。
そんな問いでした。
主人公にとって、コンビニは単なるアルバイト先ではありません。
そこは、自分が最も自然に呼吸のできる場所でした。
「いらっしゃいませ」という声。
整然と並ぶ商品。
店内に流れる音。
彼女は、その小さな変化を誰よりも敏感に感じ取り、その場所の一部として静かに存在しています。
一方で、店の外へ出ると、周囲は彼女に問いかけます。
仕事は。
結婚は。
普通の人生は。
その問いに触れるたび、私は少し立ち止まってしまいました。
私たちは、自分の意思で生き方を選んでいると思っています。
けれど、その選択は、本当に自分のものなのでしょうか。
それとも、どこかで「普通」という言葉を、自分でも信じ込んでいるのでしょうか。
この作品は、「普通を疑おう」と語っているようには感じませんでした。
ただ、一人の人間を静かに描き続けています。
だからこそ、読んでいるうちに、「普通」の輪郭よりも、自分の輪郭のほうが少しずつ気になってきます。
本当に居心地のいい場所とは、どこなのでしょう。
私は、どこにいるとき、一番自然に呼吸ができているのでしょうか。
読み終えたあとも、その問いだけが、静かに残り続けていました。
-- 村田沙耶香『コンビニ人間』を読んで