
正しさは、疑問を遠ざける
正しいことをしているとき、疑う理由はあまり見当たりません。周りもそうしていて、それが一般的で、十分に説明もつきます。だから、そのまま続けます。迷いがないことは安心に繋がり、何をすればいいかがはっきりしていると、余計な思考も減っていきます。その分、この社会では動きやすくなるのでしょう。
けれど、正しさには特有の性質があります。それは、疑問を持ちにくくなることです。
別の見方や、別の可能性が、自然と遠くに置かれてしまいます。たとえ微かな違和感があっても、正しいとされる事柄のほうが優先されるため、自分の感覚のほうがおかしいように感じられてしまう。そうして、小さな兆しはそのままにされます。
あとから振り返ると、どこかで少しだけ引っかかっていたことに気づきます。けれど、そのときは止まる理由にはなりませんでした。
正しさは、間違いではありません。けれど、それだけで十分とは限らない気がするのです。効率や正解を求める構造の外側にある、自分だけの不揃いな感覚。そこにこそ、知的な解放へと繋がる静かな入り口が隠されているように思うのです。