Quiet Signals

日常の観察・問いの記録

『Electricity』|共有される周波数と、地上の理

娘が熱心に観ていたアニメ『不滅のあなたへ』。

その主題歌として流れていた、宇多田ヒカルさんの『PINK BLOOD』を耳にしたとき、私は歌詞の奥にある世界の見え方に強く惹かれました。

言葉の巧みさだけではありません。

そこには、私たちが普段「現実」と呼んでいるものの、さらに奥を見つめるような視線がありました。

この人は、私が見ているものと、どこか同じものを見ているのではないか。

そんな直感が残りました。

それ以来、繰り返し耳にしている曲の一つが『Electricity』です。

この曲のなかで宇多田さんは、「波動」や「不可視なエネルギー」、「銀河系」といった言葉を、ごく自然に紡いでいます。

それらは、神秘的な雰囲気をつくるために後から添えられた装飾とは思えません。

曲を成り立たせる世界そのものとして、最初からそこに流れています。

目に見えないエネルギーや、人と人とのあいだに生まれる響きについて語ることは、今もなお、日常から離れた特別なものとして扱われることがあります。

けれど、人は本当に、目に見えるものだけによって誰かと結ばれているのでしょうか。

言葉を交わす前から感じる親しさ。

理由を説明できないまま惹かれる場所。

誰かの声や表現に触れた瞬間、自分の奥にあった何かが震え始めること。

そうした出来事は、日常のなかで確かに起きています。

 

私が自分の中から、人から、宇宙と地球から感じる不可視なエネルギーや波動とその不思議で強力な結びつきを表現しました。「SCIENCE FICTION」というアルバムタイトル通り、地球に移住してきたり観光に訪れた宇宙人二人が地球で出会うというSF物語のような設定の歌詞世界です。宇宙人の話を描いていたのに最終的に人類への気持ちとか、この世で人間として生きることの意味に辿りついて自分でもびっくりしたところで、完成しました。

Webサイト『音楽ナタリー』

宇多田さんは『Electricity』について、自分自身や他者、宇宙や地球から感じる不可視なエネルギーや波動、その不思議で強力な結びつきを表現したと語っています。

宇宙人同士が地球で出会うという物語から始まり、最後には人類への思いや、この世界で人間として生きる意味へ辿り着いたとも述べています。

私はその言葉に触れたとき、驚くというより、深く腑に落ちるものを感じました。

宇宙を描こうとして、人間へ辿り着く。

遠く離れた銀河を見つめながら、最後には、この地上で身体を持って生きることへ戻ってくる。

それは、遠いものと近いものが別々に存在しているのではなく、同じ一つの理のなかで結ばれているからなのだと思います。

「あなたはどの銀河系出身ですか?」

その問いを耳にすると、私は、私たちがこの地上に生まれ、身体を持って生きていることの不思議さを思います。

どこから来たのかを忘れながら、それでも誰かに懐かしさを覚える。

目の前の生活を懸命に生きながら、ときおり、この場所だけがすべてではないような感覚に触れる。

その微かな記憶や震えを、人はそれぞれ異なる言葉で受け取っているのかもしれません。

『Electricity』という題名から私が感じるのは、単なる電気のイメージではなく、一つの存在から別の存在へと伝わり、目には見えないまま互いを動かしていく力です。

私たちは独立した身体を持ち、それぞれ別の人生を歩んでいます。

けれど、その奥では、誰かの声に震え、誰かの痛みに反応し、遠く離れた存在の表現によって内側の回路を動かされています。

一人で存在しているように見えながら、絶えず何かを受け取り、何かを渡している。

人間は、本来そのような存在なのだと思います。

 

伊藤忠商事「おかげさまで、幸せです」篇 60秒ver

伊藤忠商事の映像で繰り返される、「おかげさまで」という言葉も、この曲の世界と静かに重なります。

自分の力だけで立ち、自分の意志だけで人生をつくっているように思えても、その足元には、数え切れないほど多くの存在との関わりがあります。

食べ物も、身体も、言葉も、今日まで受け継がれてきた時間も、自分一人で生み出したものではありません。

「おかげさまで」という言葉には、自分が巨大な循環の一部として生かされていることを、静かに引き受ける響きがあります。

それは、自分という存在を、孤立した一点から、より大きな結びつきのなかへ戻す言葉です。

世の中がどれほど目に見えるものを基準に動いていても、見えないものが消えるわけではありません。

言葉になる前の共鳴も、誰かとのあいだに流れるエネルギーも、この世界を支える大きな循環も、私たちが認識するかどうかにかかわらず、そこにあります。

宇多田さんがそれを音楽として地上へ差し出していることに、私は静かな喜びを感じます。

「この世界を、そのように見ている人がいる」

『Electricity』を聴くたびに感じるのは、理解されたという安心とも、考えが一致したという満足とも少し違います。

それは、遠く離れた場所で鳴った音が、自分の内側にある同じ周波数を震わせたときの感覚です。

遠い銀河を思いながら、今、この足元にある地面へ触れる。

宇宙の広がりを感じながら、地上で誰かと食卓を囲み、「おかげさまで」と言葉を交わす。

その二つは、決して離れたものではありません。

見えない世界と、身体を持って生きるこの日常は、一つの大きな呼吸のなかでつながっています。

『Electricity』の音が流れるとき、私は、自分もまたその呼吸のなかで明滅する、一つの小さな電流であることを思い出します。

誰かから届いた震えを受け取り、やがて自分もまた、別の誰かへ何かを手渡していく。

その終わりのない交流のなかで、私たちは今日も、この地上を生きているのだと思います。

―― 宇多田ヒカル『Electricity』を聴いて

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