
関わらないという関わり方
関わっているはずなのに、どこか遠い。
言葉も交わしている。
やり取りもある。
それでも、触れていない感覚だけが残ることがあります。
多くの場合、そこには「関わり方」があります。
理解しようとする。
助けようとする。
整えようとする。
その一つひとつは自然な動きですが、どこかで相手の流れに触れる前に、意味づけが先に立ってしまうことがあります。
そのとき、関係は表面をなぞるものになります。触れているようで、すり抜けていく。
関わらないという関わり方は、そこから少しだけ位置を変えます。
何かをしようとする前に、何も足さない位置に立つ。
理解もしない。
評価もしない。
整えようともしない。
ただ、そのままを見る。
そこには、わかろうとする動きすらありません。
すると、これまで見えていなかったものが、静かに現れてきます。
言葉の裏にあった揺れ。
形になる前の違和感。
まだ触れられていなかった、その人自身の流れ。
関わらないことで、はじめて触れる領域があります。
何かを通してではなく、直接に触れる位置。
それは、働きかけによって生まれる関係とは、質が違います。
そこでは、変化は起こそうとして起こるものではなく、見えてしまうことで動き出します。
関わらないという関わり方は、距離を取ることではなく、媒介を手放すことなのかもしれません。
そのとき、関係はようやく、余計なものを挟まずに在りはじめます。